クルトン最後の日のこと。 ~病院に連れていくか、家で看取るか~

クルトン最後の日のこと。 ~病院に連れていくか、家で看取るか~

2018年9月10日。クルトンを家で看取ることができました。

病院から帰ってきてすぐのことでした。
家に到着し、サークルの中に寝かせてあげた15分ほどで息を引き取りました。
車が家に到着して30分程の、あっという間の事。きっと、家に戻るまですごく頑張ってくれていたんだと思います。
家族全員に見守られるなかで、息を引き取りました。

・・・・・・・・・・

あのとき、病院に連れて行ったのは正解だったのか―――

実は、クルトンの最期にはそんな複雑な思いがあり、わたしのなかでは少しモヤモヤしていました。




クルトンの体調の変化

クルトンの最初の異変は7月6日。
ごはんを口にせず、首も持ち上げない明らかな不調でした。

すぐに動物病院に連れていき、「肝臓がん」「がん腫瘍の出血による極度の貧血」と診断されます。

この時すでに14歳。
開腹手術などの積極的な治療はせず、薬と対処療法でのんびり余生を過ごすことをおすすめされました。

この時は本当に動物病院にすぐに連れていくことができてよかったと感じています。
このあと~亡くなるまでの2か月間、クルトンにべったりついてあげられました。
このタイミングで病気に気づいてあげることができなければ、クルトンに残りの2か月間なにもしてあげられなかったかもしれません。

なにかがおかしい。1か月半後の再受診。

次に動物病院に連れて行ったのは1か月半後。
きっかけは、すごく微妙な変化でした。

それまでも、台風や低気圧が関係しての体調にはアップダウンがありましたが、8月の終わりの台風から何日たっても体調が回復する様子がありません

さらに、おなかまわりが妙にポッコリしているのも気になっていました。

 

わたし

思い込みでそう見えているだけかもしれない

そう思い、クルトンが室内に入ってから定期的に腹回りをメジャーで測っていたのですが、7月あたまに測り始めてから1か月半で5センチ増客観的に変化に気付く良いきっかけになりました。

食事量は減っているくらいなのに。なにかがおかしい。

クルトンをかかりつけの動物病院に連れていくことを決め、血液検査をしたところ、がん発覚の際の数値からさらに貧血の数値が悪化していました。

 

せんせい

普通の犬がこの数値に達したら死んじゃうくらいひどい貧血です。
クルトンの場合は、ここ数カ月慢性的に貧血だから高地トレーニングをしているような感じで耐性がついているから頑張れているようなもの。
止血剤を打ってみるけど、この1週間が危ない。
もし止血剤でなんとか頑張れたら、逆にもう少し持ちこたえられるかもしれないけど・・・。

これ以上の治療を望むか、このまま看取る日を待つか

止血剤を注射してもらった後、2日ほどは少し良くなったように見えたクルトン。
立ち上がることはなくても首を上げて目で人を追い、新しく買ってきたレバーのおやつを目を輝かせて食べて。

 

わたし

このまま、なんとか腫瘍の出血が止まってくれれば・・・

そう思っていたのも束の間。亡くなる当日の朝、食べ物にも水にも口をつけずぐったりし始めました。
意識も薄れているような状態。目がうつろで、目線がなんとなく合いません。

このとき、ふと以前お世話になった動物先端医療センターの院長先生の言葉がよみがえってきました。

 

院長先生

輸血が必要なときはいつでも連絡をください

 

わたし

先端医療センターに行けば、輸血をしてもらえるかもしれない・・・
貧血が収まれば元気になるかもしれない・・・

しかし先端医療センターまでは高速で1時間ほどかかります。

クルトンに負担をかけてまで連れていくべきだろうか。
輸血自体がさらに体の負担になってしまうんじゃないか。




わたしは、病院に連れていく決断をしました

結局、わたしは連れていくという決断をしました。

事前に先端医療センターに連絡をし、母の仕事が終わってすぐに連れていきました。
先端医療センターについてすぐエコー。腫瘍がすごく大きくなっており、肝臓全体がべっとり血のりのようになってお腹の中の出血はかなりひどかったようです。
連れていけばすぐに輸血していただけると思い込んでいたのですが、輸血をするにはクロスマッチが必要で、当日中には輸血はしていただけず・・・。

 

院長先生

いま輸血をしても、寿命が延びるということはありません。
ただ、輸血によって貧血でもうろうとした意識が一瞬回復するでしょう。
すこし意識がハッキリしたら、家族との最後の時間を過ごせるかもしれない。

輸血犬がいますぐには来れないから、明日の朝イチでの輸血になります。
病院で息を引き取ってしまってはかわいそうだから、今晩はこのまま家に連れて帰ってあげてください。

次の日の朝イチで予約を入れ、帰路につきます。

死へ近づくクルトンの容態を受け入れられない

高速で母に道案内をしながら、ずっとクルトンの手を握って家まで帰りました。

クルトンの手足はこのときすごく冷たくなっていたため、一生懸命両手で包んで温めてあげました。
体を揺らすように体全体で呼吸をするクルトン。

今思えば、もうこのときにかなり苦しかったんじゃないかと思います。
ときどき手足を伸ばしていたのも、死に際の痙攣だったのかもしれません。

そんな状況を見ても、どうしても死が近いことを理解することを拒んでいました。

 

わたし

明日まで頑張ってくれるはず。

わずかな希望をもってただただ寄り添うことしかできませんでした。

クルトンの最後を看取る

家について車からサークルへ移動。
ハニカムマットを布団の上におろしてすぐ、お漏らしをしてしまいました。
長時間同じ体勢で寝かせていたため、おむつを取り外すタイミングで体の向きを変えてあげました。

すると、この時突然、息遣いが全く違うものに変わりました。

息を吸おうとしても、舌が詰まって吸い込めないような、すごく苦しそうな息遣い。

わたしは頭を支えながらクルトンの目を見つめていましたが、焦点が合わなくなっていきます。
どんどん冷たくなっていく歯ぐきや舌先。

ここで持ち返す可能性は少ないと理性ではわかっていても、よくなることへの少ない希望を信じて酸素缶で酸素を送り続けました。

目の輝きがだんだんと濁っていくのを、何もできずに頭をなでながら見つめることしかできません。
なんて無力なんだろう。

いままで本当によく頑張ってくれたクルトンに、心の中で何度もありがとうを繰り返していました。

クルトンは再度失禁をして、手足をグーっと伸ばし、呼吸を止めてしまいました。

あの時の選択は正しかったのか。自問自答の日々

かかりつけの動物病院での診察のあとすぐ先端医療センターに向かえば良かった。
あの日、クルトンを長時間車に乗せたことがひどく負担になったのではないか。
家で寝かせてあげていたら苦しい思いをさせなかったかもしれない。
車の中でもっとくっついてあげていたらよかった。クルトンはわたしが近くにいたのわかったかな?
家に帰ってきて、無理に体勢を変えなかったら、次の日の輸血まで頑張れたかもしれない。

亡くなった日の夜はずっと、クルトンの横にべったりくっついて抱きしめながら、自問自答を繰り返していました。

やっても、やらなくても後悔が残る

きっと、あのとき先端医療センターに行かなければ「病院に連れていけばよかった」と後悔していたでしょう。
でも、連れていくことができても逆に「病院に連れて行ったから無理させてしまった」と後悔してしまうのです。

しかし、後悔を続けても自分自身を責めるばかり。いつまでたってもペットの死を肯定的にとらえることができなくなってしまいます。
深いペットロスに陥る原因には、罪悪感や後悔が深く関連しているそうです。

“ペットができるだけ長く一緒にいてくれることを願って、治療を続ける”

これは極端に言ってしまえば飼い主のエゴなのかもしれません。
その子が十分に頑張ってくれた寿命を無理に延ばそうとしても、苦しい時間も延びてしまう可能性もあります。

しかし、自分が愛してきたペットに、最後までなるべく苦しい思いや痛い思いをさせたくないと思うのは愛しているゆえの飼い主心。

自分の納得がいく落としどころまで、手を尽くしてあげるのが一番だと思います。

”ペットを思って最善を尽くした自分の行為”を肯定して納得することで、ペットとの最期の思い出をきれいに心に納めやすくなります。

ペットの寿命を受け止めるまでが飼い主の役目

犬も猫も、人間よりも短命です。いずれくる寿命を受け止めてあげるまでが飼い主の役目
クルトンの死後、わたしも悲しみの日々を過ごしていました。この悲しみは、クルトンの死を否定するものでした。
でも、それでは苦しくても家に着くまでなんとか息をし続けて、最後に家族全員との時間を作ってくれたクルトンの頑張りも否定することになってしまいます。

そして、あまり長くペットの死に執着してしまうと、その子との思い出が悲しい思い出ばかりになってしまうような気がしました。
それが一番つらいことなんじゃないかと思います。

さみしさの涙はいくらでも流していいと思うんです。
わたしも、この記事を書きながらしゃくりあげるほど泣いてしまっています。
多分、これから先もこのことを考えたらいつでも泣いちゃうと思います。

でも、後悔と罪悪感について考え続けるのはやめました。
負の感情から抜け出せなくなってしまうから。

クルトンとの14年は、どんな日々だったか

クルトンとの日々はわたしの人生で、非常に大きなウェイトを占めています。
クルトンとの14年間はどんな日々だったか?

笑顔がたくさんの、幸せな、楽しい思い出ばかりです。

ずっとわたしたちに笑顔をくれたクルトン。
悲しみや否定感で死を悔やむのではあまりに浮かばれません。

我が家に来てくれてありがとう。
楽しい思い出をたくさんありがとう。
いつかまた、わたしたちのところに生まれ変わってきてね。

そんな前向きな気持ちで、クルトンの思い出を大切にし続けたいと思います。

 




 

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